【死ぬ】ということ
帰ってきました。
女親と、凄絶に喧嘩中です。
全く寝てないのでイライラしてます。
昨晩、久しく号泣なんて人前でしていたせいか。
まだ4歳の遠縁のちみっ子に懐かれました
いや、昨日は怖がられてたんだ。
お兄さんかお姉さんかわかんない上に、超無愛想でいたので(苦笑)
前回祖母の四十九日やらで会ってた人も髪型やら体格やらで同じスーツのはずなのに誰か分からなかったらしい。
そして、さすが地元が滋賀。
見事に彦根組ばかりでした
彦根インターすぐのお土産屋の店員だったりとか・・・・・
彦根に通ってるの話したら驚かれた〜
んで、酔っ払いの私の究極の戯言
「田舎の次男坊組を紹介してください。」
おばちゃんらとやけに結婚だのの話で徹夜しました。
今は長男に嫁がくりゃ万歳で同居とかまでは気にせんよ〜とか。
あぁ、毎週のようにこっち来るんだったらこっちで相手探せばいいのに、とか
都会が合わんねんね〜・・・・と。
で、今日にまたちみっこが来たんだけど(祖母の妹の孫)
昨日は散々妹に懐いてたのに、あまりに暇すぎるのか「あそぼ。」と。
火葬中の待ち時間、近くの公園でシロツメクサの腕輪作ったり。
今日は俺が子守でした。
ちょっと気の強い子で【怒る】と【叱る】をどうすればいいか困った・・・
「おおばあちゃんに、最期のさよならしなさいね」と出棺の際言っても。
やはり、4歳では理解できないものらしく(私でも小2の曽祖父の葬儀がはじめてだった)
自分は未だに田舎へ手入れ(今後は本山へ御返しする片付け)行きますが
ちみは行ったことがないらしくて。
シロツメクサで腕輪を作ってやったときも「おおばあちゃんの住んでたお家はね「トトロ知ってる?」「うん。」あんな山ん中にあるお家だったんだよ。」と教えて。
だから、こんな風に花輪作ってたりしたんだけど、久々だからへたくそだねぇ・・・と小一時間の暇つぶしに付き合ったのです。
そうやって遊んだ後に、御骨になった曾祖母と対面したわけですが。
御骨になって出てきたとき「おおばあちゃんは〜?」と覗き込んでました。
【私は曽祖父の葬儀で始めて御骨を見たんですが。
その頃の妹と同じ歳。
小2の頃の私にすら「骨になった人間」というものを見せていいものか親は迷ったらしいです
(でも、ばあちゃんにくっついてたから見てた/妹は見せなかった)】
なので、やはり【「骨」=「おおばあちゃん」】というのはなかなか理解できなかったらしくて。
喪主である長男のおっちゃんが坊主なので喪主代理状態のパパやばぁばが構ってくれなくてちみのママと説明に迷った。
「身体はね、白い御骨になってもてるけど、おおばあちゃんは私らに見えない状態で見ててくれるの。OOが忘れない限りは絶対に傍にいてくれるからね?」
器である身体と魂についてなんて、いくら大学で仏教メインで勉強してても、4歳児に理解できる説明が思いつきません。
というか、先日亡くなった祖母の死を、曾祖母の死と一緒にやっと認識した自分ですから。
でも、同時に行う初七日法要の時には「おおばあちゃんが寝てた箱」がなくて。
お花と一緒にお手紙も入れてたんだけど。
「おおばあちゃんは(私達には)見えない姿で居るんだ」とは認識したらしく。
「おてがみどうなった?」「おてがみどこやったの?」と必死に訊ねてきました。
法要中なので「今は静かにね、見えなくなったおばあちゃんがちゃんと暮らせるようにおまじないをおっちゃんがしてくれてるからね」と咎めて。
本山が叡山なので究極の(個人的な極端な認識)呪文
「南無阿弥陀仏(仏様にお任せいたします)」
全員で詠唱のときにゆっくり目にハッキリと唱えていれば。
手を合わせたりはしなかったものの「なんまいだぶ・・・・」と唱えてくれまして。
式が終わった後にちみのおばあちゃんとママに。
「おてがみがおおばあちゃんちゃんとみてくれたのか?」と一生懸命たずねてきたことと、最後のほうだけでも「南無阿弥陀仏」をちゃんと声に出して唱えてたことを褒めてあげてね、とお話して。
俺は車組なので急いで着替えて撤退準備。
「着替えてくるから後でね」でといって別れたきりになりましたが。
少しでも「人の死」というものを分かってもらえたかなぁ・・・と思いつつ。
自分も魂と身体(魂と魄)について考え直す機会になりました。
でも、やっぱり物心ついたときから週末を曾祖父母と過ごしたあの寺を本山に御返しする日が来てしまったんだなぁ・・・・と切なくなります。
中学、高校は神戸で育って、海や山に囲まれて暴れてるのが当たり前だった自分には力の発散場所がなくなって淋しいです。
女親と、凄絶に喧嘩中です。
全く寝てないのでイライラしてます。
昨晩、久しく号泣なんて人前でしていたせいか。
まだ4歳の遠縁のちみっ子に懐かれました
いや、昨日は怖がられてたんだ。
お兄さんかお姉さんかわかんない上に、超無愛想でいたので(苦笑)
前回祖母の四十九日やらで会ってた人も髪型やら体格やらで同じスーツのはずなのに誰か分からなかったらしい。
そして、さすが地元が滋賀。
見事に彦根組ばかりでした
彦根インターすぐのお土産屋の店員だったりとか・・・・・
彦根に通ってるの話したら驚かれた〜
んで、酔っ払いの私の究極の戯言
「田舎の次男坊組を紹介してください。」
おばちゃんらとやけに結婚だのの話で徹夜しました。
今は長男に嫁がくりゃ万歳で同居とかまでは気にせんよ〜とか。
あぁ、毎週のようにこっち来るんだったらこっちで相手探せばいいのに、とか
都会が合わんねんね〜・・・・と。
で、今日にまたちみっこが来たんだけど(祖母の妹の孫)
昨日は散々妹に懐いてたのに、あまりに暇すぎるのか「あそぼ。」と。
火葬中の待ち時間、近くの公園でシロツメクサの腕輪作ったり。
今日は俺が子守でした。
ちょっと気の強い子で【怒る】と【叱る】をどうすればいいか困った・・・
「おおばあちゃんに、最期のさよならしなさいね」と出棺の際言っても。
やはり、4歳では理解できないものらしく(私でも小2の曽祖父の葬儀がはじめてだった)
自分は未だに田舎へ手入れ(今後は本山へ御返しする片付け)行きますが
ちみは行ったことがないらしくて。
シロツメクサで腕輪を作ってやったときも「おおばあちゃんの住んでたお家はね「トトロ知ってる?」「うん。」あんな山ん中にあるお家だったんだよ。」と教えて。
だから、こんな風に花輪作ってたりしたんだけど、久々だからへたくそだねぇ・・・と小一時間の暇つぶしに付き合ったのです。
そうやって遊んだ後に、御骨になった曾祖母と対面したわけですが。
御骨になって出てきたとき「おおばあちゃんは〜?」と覗き込んでました。
【私は曽祖父の葬儀で始めて御骨を見たんですが。
その頃の妹と同じ歳。
小2の頃の私にすら「骨になった人間」というものを見せていいものか親は迷ったらしいです
(でも、ばあちゃんにくっついてたから見てた/妹は見せなかった)】
なので、やはり【「骨」=「おおばあちゃん」】というのはなかなか理解できなかったらしくて。
喪主である長男のおっちゃんが坊主なので喪主代理状態のパパやばぁばが構ってくれなくてちみのママと説明に迷った。
「身体はね、白い御骨になってもてるけど、おおばあちゃんは私らに見えない状態で見ててくれるの。OOが忘れない限りは絶対に傍にいてくれるからね?」
器である身体と魂についてなんて、いくら大学で仏教メインで勉強してても、4歳児に理解できる説明が思いつきません。
というか、先日亡くなった祖母の死を、曾祖母の死と一緒にやっと認識した自分ですから。
でも、同時に行う初七日法要の時には「おおばあちゃんが寝てた箱」がなくて。
お花と一緒にお手紙も入れてたんだけど。
「おおばあちゃんは(私達には)見えない姿で居るんだ」とは認識したらしく。
「おてがみどうなった?」「おてがみどこやったの?」と必死に訊ねてきました。
法要中なので「今は静かにね、見えなくなったおばあちゃんがちゃんと暮らせるようにおまじないをおっちゃんがしてくれてるからね」と咎めて。
本山が叡山なので究極の(個人的な極端な認識)呪文
「南無阿弥陀仏(仏様にお任せいたします)」
全員で詠唱のときにゆっくり目にハッキリと唱えていれば。
手を合わせたりはしなかったものの「なんまいだぶ・・・・」と唱えてくれまして。
式が終わった後にちみのおばあちゃんとママに。
「おてがみがおおばあちゃんちゃんとみてくれたのか?」と一生懸命たずねてきたことと、最後のほうだけでも「南無阿弥陀仏」をちゃんと声に出して唱えてたことを褒めてあげてね、とお話して。
俺は車組なので急いで着替えて撤退準備。
「着替えてくるから後でね」でといって別れたきりになりましたが。
少しでも「人の死」というものを分かってもらえたかなぁ・・・と思いつつ。
自分も魂と身体(魂と魄)について考え直す機会になりました。
でも、やっぱり物心ついたときから週末を曾祖父母と過ごしたあの寺を本山に御返しする日が来てしまったんだなぁ・・・・と切なくなります。
中学、高校は神戸で育って、海や山に囲まれて暴れてるのが当たり前だった自分には力の発散場所がなくなって淋しいです。
テーマ: 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル: 心と身体




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