*毒破棄・体調&薬メモ・写真とか*写真の無断転載利用は×
雑想
リストカット
いわゆるカッターだとか剃刀だとかで手首を切る行為のことを呼ぶ。
最近は肩に近い二の腕にまで及ぶことをアームカットだとか呼ぶこともあるのだけれど。
昔は「自傷跡=自殺未遂」みたいな事をよく聞いたのだけれど、今はどうなんだろう。
リストカット(通称:リスカ)以外にも自傷行為はあるわけで。
俺はちょっと厄介な性癖を持っていた。
自傷は自分を落ち着かせる為、生きていることの再認識、という見解も取れるのだけれど。
それとはちょっと異なった理由だった。
「キレイなのが気にくわない」
理由は分からない。
けれど、左腕がキレイなことが異常なほどに気にくわなかった。
何度かナイフか何かで手首を血管にそって縦に切り開きたいと思ったり、何度か夢に見たことがある。
しかし、実際は傷跡が線のように残れば満足だった。
だから、わざわざ切れ味の鈍いカッターで治りにくい傷を作ったり、掻き傷を作った。
自傷行為と同じ認識として「ピアス」をあけたりもした。
今は5つの穴が開いているのだが、「外すと塞がる」という認識が強く、どうしてもピアスが外せない。
またイライラするときは拡張行為に及ぶこともある。
ピアスの拡張をはじめたのは手を傷つけることを止めてからだった。
どうしても、夏になると腕の露出が増える。
そのたびに「お前、前はそんな事しなかったやろ?」「これ、自分でやった傷やろ?」といわれ続け、いい加減それが嫌になったからだ。
けれど、傷が残っている間はその傷が愛しくてたまらなかったのだけれど。
キレイに肌へ刻んだ証が残るように傷を扱うことが自分にとっては自分を安心させる行為だったのだ。
血が出るか出ないかの傷にプツリと滲む血が愛しくてたまらなかった。
痛みが認識できるうちは自分はまともだと言い聞かせていた。
「なぜ?」「自分を傷つけるなんてやめろ。」なんていう人がいるが、むしろこちらが「なぜ?」と問いかけたかった。
世の中には「人を傷つけること」の重要さも気にせず簡単に他人を傷つける人たちがいる。
まるでオモチャを壊すかのように。
少なくとも俺は自分に傷をつけ、それを眺めることは「自分を安心させる」行為の一つである。
けれど、他人が傷つく姿を見るのは怖い。自分で傷をつけたときの「痛み」を知っているから。
人に傷がついた時、「どんな程度の傷」が「どのように痛むか」を身をもって知っているから。
こんなことを書いておくと奇麗事だと言われそうだけど。
追記しておくと、自分の傷に対する執着はある種の自己愛(ナルシズム)にも繋がっているんじゃないかと思うこともある。
20060323
20:04 | Comment [0] | 黒いの












